2020.02.21
- その他のアジア【各国共通】森・濱田松本法律事務所 アジアニュース/第52回『新型コロナウィルスの感染拡大に伴う国際取引契約に関する不可抗力対応について-転ばぬ先の杖-』
- 【各国共通】森・濱田松本法律事務所 アジアニュース/第52回
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このたび、森・濱田松本法律事務所アジアプラクティスグループでは、東南・南アジア各国のリーガルニュースを集めたニュースレター、MHM Asian Legal Insights第107号(2020年2月号)を作成いたしました。今後の皆様の東南・南アジアにおける業務展開の一助となれば幸いに存じます。
◇各国共通:新型コロナウィルスの感染拡大に伴う国際取引契約に関する不可抗力対応について
-転ばぬ先の杖-
新型コロナウィルスの感染拡大については、ビジネス上の影響も懸念されるところです。報道では、実際に取引契約における不可抗力を宣言する海外の事例も出てきています。そこで、本レターでは、新型コロナウィルスによるビジネス上の支障に関連して、不可抗力との関係を中心に、実際に報道されている事例や、国際取引契約上、どのように取り扱うべきかの留意点について説明します。
(1) 不可抗力に関する基本的な概念
国際取引契約には、不可抗力(Force Majeure)に関する条項が置かれていることが多いと思われます。不可抗力条項とは、一般的に、当事者によるコントロールの及ばない、かつ、予見できない一定の事由が発生した場合、一方当事者による契約上の債務の履行の遅延・不履行について免責する内容の規定をいいます。不可抗力事例の典型は、天変地異や戦争等がありますが、実際に「不可抗力」が具体的にどのような事象を意味するかについて、法律や判例が独自に明確な定義を定めている国は多くはないため、あくまで契約に記載された不可抗力条項の文言が重要な手がかりとなることが通常です。
なお、基本的な考え方として、金銭を支払う債務については、不可抗力をもって免責を主張することはできないとする国が多いように思われ、この点は留意が必要です。
(2) 新型コロナウィルスを原因として不可抗力が問題となった事例
具体的に不可抗力が問題となっている近時の報道の一例は、以下のとおりです。
(a) LNGの輸入取引に関し、中国の石油会社(輸入側)がフランスのLNG販売業者に対して、LNGの輸入を継続することが難しいとして契約上の不可抗力条項の適用を主張する旨通知した。通知を受けたLNG販売業者はそのような主張を拒否している。
(b) 一部の中国の造船所では、作業員不足のため、新造船の納期通りの引渡しが難しいとして、不可抗力を宣言した。
(c) 中国積み貨物に関し、中国国内工場の生産停止によりカーゴがそろわず、一部の荷主が不可抗力の宣言を検討している。
(d) 新型コロナウィルス感染拡大に対応して、中国の貿易促進業界団体である中国国際貿易促進委員会は、2020年1月末、海外取引先との契約履行が困難になった中国企業に対して不可抗力事由の発生を裏付ける証明書を発行すると発表した。
上記は中国企業が当事者となっている取引の事例ですが、特筆すべきは、中国企業が当事者でない取引についても、玉突き的に不可抗力を宣言する事例が出始めていることです。すなわち、日本の造船所が、舶用機器の調達先である中国企業からの不可抗力宣言を受けて、発注者に対して建造工程の遅延について不可抗力を宣言したケースも報道されています。2011年の東日本大震災の時に見られたように、(中国のみならず、)そこを発端としてグローバルなサプライチェーン全体が麻痺するという事象に発展する可能性があるため、注意が必要です。
(3) 実務上の対応方針に関するいくつかのポイント
上記のような状況も踏まえ、企業の担当者としては、新型コロナウィルスの感染拡大に関して、契約上の義務の履行に支障を来した取引先からの主張に対してどのように対応するか、また自社が逆の立場であればどう対応するか、実務上の対応方針を確認しておくべきことは有用と思われます。
不可抗力が問題となる事例は、履行義務を負う者がどの国の法人か、履行義務の内容が何か等によって様々なバリエーションが考えられます。上記(2)に記載した事例のように、現状、新型コロナウィルスの感染が最も深刻な中国企業が当事者になることも多いと思われますが、上記のとおり、グローバルにサプライチェーンが複雑化した昨今では必ずしもそうではないケースも多いと思われます。そこで以下では、中国企業が当事者となるか否かにかかわらず、クロスボーダーの取引を念頭に、実務上の対応方針を検討する上で役に立つと思われるいくつかのポイントを列挙します。
(a) 契約条項の確認:
① 新型コロナウィルスの感染拡大又はそれに伴って生じた遅延・不履行の直接の原因が、契約上定められている不可抗力事由の文言に該当するか
② 不可抗力条項において、(不可抗力事由の発生以外に)遅延・不履行について免責を認めるための手続・条件がないか(例えば、一定期間内の相手方への通知、現地当局が発行する不可抗力事由発生に関する証明書の提出)
③ 不可抗力事由の発生による効果が何か(例えば、免責の範囲、損害の拡大防止義務があるか、一定期間経過後に解除ができるか)
(b) 事実関係の確認:
遅延・不履行が新型コロナウィルスの感染拡大に起因するものといえるか、合理的な因果関係があるといえるか(別の原因で遅延・不履行が生じたものでないか)
(c) 外国判決・外国仲裁の承認・執行の可否:
契約上の紛争解決条項で定められている紛争解決機関の判決・判断を、契約の相手方の財産が所在する国で強制執行することができるか
(4) まとめ
上記のとおり、もし自社が取引を履行するにあたって支障が生じている場合には、契約上、不可抗力を理由に免責を主張できないかについて検討することが必要となります。他方で、やみくもに不可抗力を主張する安易な対応は自社の信用を毀損するのみならず、もしそのような主張が結果的に誤ったものである場合には、相手方から債務不履行の責任を追及される可能性があるため、慎重な対応が必要です。そのため、上記(3)に列挙したポイントについて、できるだけ正確に判断することが望ましいところです。もっとも、履行期限が間近に迫っているケースでは、時間的制約により十分な検討の時間がないケースも多々あるかと思われます。日々進展する今後の状況も見据えながら、問題となりそうな取引に関しては、契約条項の確認や、サプライチェーンの状況の確認等、あらかじめ十分な準備をしておくことが重要です。
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- 【掲載元情報】
- 森・濱田松本法律事務所アジアプラクティスグループ 制作