2021.11.29
インド【インド】森・濱田松本法律事務所 アジアニュース/第73回「インド企業とのM&A契約における紛争解決手段」
- 【インド】森・濱田松本法律事務所 アジアニュース/第73回
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このたび、森・濱田松本法律事務所アジアプラクティスグループでは、東南・南アジア各国のリーガルニュースを集めたニュースレター、MHM Asian Legal Insights第131号(2021年11月号)を作成いたしました。今後の皆様の東南・南アジアにおける業務展開の一助となれば幸いに存じます。
◇インド: インド企業とのM&A契約における紛争解決手段
(1) インドの裁判所を通じた紛争解決
日本企業がインド企業との間で、株式譲渡契約や合弁契約等、M&Aに関する契約を締結する際に検討される紛争解決手段として、インドの裁判所を通じた紛争解決は1つの選択肢になりえますが、①通常の事案であっても第一審判決を得るまでに5~10年程度を要すると見込まれること、②地方都市の裁判所においては第一審における裁判官の質が必ずしも優れているとは限らないこと等の理由から、一般的には望ましい選択肢とは考えられていません。
(2) 仲裁手続を通じた紛争解決
そこで、裁判所に代わる手段として、上訴制度がなく一回的解決が可能である仲裁手続を通じた紛争解決手段を用いることが検討されます。その場合、公平性の観点から、一方当事者が存する日本又はインドにおける仲裁手続よりは、シンガポールのような第三国における仲裁を合意することが多いといえます(例えば、シンガポールであれば、Singapore International Arbitration Centre (「SIAC」)を通じた機関仲裁等)。
(a)インド国内の機関仲裁
もっとも、契約交渉の過程において、インド企業側からは、自社にとってよりアクセスし易く国外での仲裁に比べて費用を抑えることができるインド国内における機関仲裁やインドの仲裁調停法(Arbitration and conciliation Act, 1996)に基づくアドホック仲裁(後述)を提案されることも少なくありません。この点、従前は、インド国内における仲裁機関は、必ずしも仲裁人の質や実績等の点で高い評判が定着しているとは言い難い状況でした。もっとも、近年では、例えば2016年に設立されたムンバイ国際仲裁センター(Mumbai Centre for International Arbitration:MCIA)は、取扱案件は依然として少ないものの、仲裁人名簿に大手法律事務所の経験豊富な弁護士が名を連ねるなど、ようやく体制が整いつつあるため、日本企業の立場からは引き続き第三国における機関仲裁を要望すべきであるものの、インド企業側が強く求める場合は、交渉の状況次第で、譲歩の余地が皆無ではない状況になりつつあるといえます。
(b)インド国内のアドホック仲裁
機関仲裁では、当該機関が定めた仲裁規則が存在し、それに従って仲裁手続が進められる一方で、アドホック仲裁では、仲裁廷が依拠する規則に関して当事者が合意したり、当事者間で合意が形成されなかった場合には仲裁廷が適切と考える規則に従って仲裁手続が進められることとなります。アドホック仲裁に関しては、あらかじめ仲裁手続に関する規則が定まっていないため、手続進行に長期間を要することから、一般的に日本企業側としてはインド企業側から提案された場合に躊躇する選択肢という位置づけになります。もっとも、2019年に仲裁調停法が改正され、アドホック仲裁の仲裁手続は原則として12か月以内に終結されることが規定され、手続の迅速化が図られるに至っています。この12か月の期間制限は、当事者間の合意により更に6か月延長することが可能です。また、逆に、6か月以内に仲裁手続が完了した場合は、仲裁廷は当事者間で合意した額の追加報酬を受領することができるという褒賞を認めています。このように、アドホック仲裁においても、早期終結を目指した制度の改善が進んでおり、今後の運用状況次第では魅力的な選択肢となる可能性を秘めており、現時点では直ちに採り得る選択肢ではありませんが、インド国内の機関仲裁よりも更に費用が安価となるため、費用をなるべくかけないことを最優先に検討すべき案件等、限定的な局面において、選択肢となり得る可能性を秘めています。
(3) インドの裁判所への暫定救済措置
仲裁手続による紛争解決方法を用いる場合に付随的に検討される論点として、仲裁調停法9条が規定するインド国内裁判所への暫定救済(interim relief)の申立てが挙げられます。この暫定救済とは、日本における仮差押や仮処分に相当する保全処分で、仲裁調停法9条は、仲裁の当事者がインド国内の裁判所に暫定救済の申立てを行う権利を認めています。同条の「仲裁」にインド国内での仲裁のみならず、シンガポール等、インド国外の仲裁も含まれるのかという論点が議論されていましたが、2012年、インド最高裁は、Bharat Aluminium Co. Ltd. v. Kaiser Aluminium Technical Service, Inc.において、インド国外の仲裁の場合には契約当事者間の合意により仲裁調停法9条の適用を排除できることを認めました(その後、2015年の改正で仲裁調停法自体にもこの内容が付け加えられました。)。この結果、日本企業としては、契約上でインド国外仲裁を紛争解決手段として選択しつつ、仲裁調停法9条の適用を排除することについても合意した場合、時間がかかり、質の点でも劣るインド国内における暫定救済の裁判手続を回避することができるようになりました。なお、インド国内の仲裁の場合には仲裁調停法9条の適用は排除できないこととされています。
このように、インド国外仲裁において仲裁調停法9条の適用を排除する合意を行った場合、日本企業も暫定救済の申立てを行うことはできなくなりますが、対応・代替策として、仲裁制度の1つである緊急仲裁(emergency arbitration)の制度を利用することが考えられます。この緊急仲裁は、仲裁における緊急的な保全処分であり、シンガポールのSIACが最初に導入して以降、他国の仲裁機関でも導入が進んでいる制度です。仮に、SIACにこの緊急仲裁を申し立てると、平均2.5日で緊急仲裁判断が出るとされており、日本企業にとっての緊急的な保全処分としても有効性が認められます。とりわけ、弊事務所のClient Alert Vol.94(2021年10月号)14.国際訴訟・仲裁の項でもご紹介したように、本年、インド最高裁は、インドを仲裁地とし、SIACの仲裁規則の下で行われた緊急仲裁手続における緊急仲裁判断が、仲裁調停法17条1項にいう暫定措置命令(interim measures)に含まれ、同2項に基づきインド裁判所によりインド国内で執行可能である旨を判示しました。日本企業としては、インドの裁判所による暫定救済の余地を残すか、暫定救済の選択肢は排除してインド国外仲裁における緊急仲裁判断を求めるか、という選択肢を検討することとなりますが、このインド最高裁判例により、後者を選択するメリットが増大したと評価できます。
インド企業との契約における仲裁の選択については、引き続き裁判例や動向を注視して、採り得る有効な選択肢の模索を続けることが重要になります。
(ご参考)
Client Alert Vol.94(2021年10月号)
https://www.mhmjapan.com/content/files/00050209/20211005-024828.pdf
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- 森・濱田松本法律事務所アジアプラクティスグループ 制作