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2025.09.02

【中国】陳弁護士の法律事件簿/第90回『労働契約未締結を理由に、労働者の賃金二倍払いの請求は必ず認められるか』NEW
【中国】陳弁護士の法律事件簿/第90回
労働契約未締結を理由に、労働者の賃金二倍払いの請求は必ず認められるか

2016年4月8日、乙と甲社は「提携経営協議書」を締結し、「甲社が出資してあるプロジェクトを立ち上げ、乙をプロジェクトマネージャーとして招聘し、当該プロジェクトの経営管理を担当する。今後、双方はプロジェクトの状況により会社を設立し、乙は会社の株式を取得することができる。会社設立前に、乙は『基本給+業績給』の報酬を取得する。協議書締結後に、乙は当該プロジェクトを推進し始め、甲社は毎月基本給1万元の基準で、乙の実際の出勤状況に応じて、毎月15日に乙に前月の賃金を支払い、乙は休暇を取る場合、甲社の許可を得る必要がある。」ことを約定した。

2017年5月5日、甲社は乙に協議書の解約を通知した。その後、乙は労働仲裁を申し立て、「双方間に労働関係があることを確認し、かつ甲社の書面労働契約未締結による賃金二倍払いの差額」を請求した。仲裁委員会は乙のすべての仲裁請求を棄却した。乙は不服で裁判所に訴訟を起こしたが、一審、二審、再審手続きを経て、最終的に裁判所は乙の賃金二倍の差額請求を認めなかった。
 
『分析』:


双方間に労働関係があるか否かについて、裁判所は「乙と甲社は労働関係の適格主体に属する。双方は提携経営という名目で協議書を締結したが、協議書の内容、実際の履行状況などは乙が甲社の管理を受け、甲社に労働を提供することを証明でき、労働関係の認定基準に合致する。そのため、甲社との労働契約関係の存在という乙の請求を認めるべきである。」と判断した。但し、乙の賃金二倍の差額請求を認めるべきか否かについては、審理において意見が異なる。

一審裁判所は、「甲社は乙と「提携経営協議書」を締結したが、『労働契約法』の規定に従い乙と書面で労働契約を締結したわけではないので、乙に賃金二倍の差額を支払わなければならない。」と判断した。

二審裁判所と再審裁判所は、「『労働契約法』では、労働関係を確立するには、書面で労働契約を締結しなければならないことを定めているが、具体的にどのような「書面」形式をとるべきかを明確にしていない。そのため、書面による労働契約は規範的な定型約款に限らず、定型約款でない形式で双方間の権利義務を約定することは法律で禁止されていない。甲社と乙が締結した「提携経営協議書」には、仕事内容、労働報酬、労働契約期間などの条項が含まれており、『労働契約法』第17条の規定に合致しているため、乙が書面で労働契約を締結していないことを理由に、賃金二倍の差額を請求する場合は認められない。」と判断した。

本件から見て、雇用企業と労働者が書面で労働契約を締結しているか否かを認定するときに、裁判所は形式ではなく、実質を重視する。正式かつ規範的な書面労働契約を締結していないとしても、双方が締結した協議書では書面労働契約の必須条項を基本的に備えている限り、賃金二倍の差額請求は認められない。

又、2025年9月1日から施行される『労働争議事件の審理における法律問題の適用に関する最高人民法院の解釈(二)』第7条では、2倍の賃金を支払う必要がないことについて、3つの例外状況を定めている。(1)不可抗力により締結しなかった場合。(2)労働者本人の故意または重大な過失により締結しなかった場合。(3)法律、行政法規によって規定されたその他の状況。雇用企業は上述のいずれかの状況に該当することを証明できれば、書面で労働契約を締結していないとしても、賃金二倍を支払う必要がない。

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【掲載元情報】
GPパートナーズ法律事務所 パートナー弁護士 陳 文偉
[略歴]
上海復旦大学卒業後、1992年日本に留学。
1995年から1999年まで九州大学法学部にて国際経済法を専修。
日本滞在中から日系企業に対し中国に関する法律相談や法務セミナーを実施。
1999年帰国後、活動の中心を上海とし現地の日系企業に対し法律サービスを提供。
中国における会社設立・M&A・清算、PL問題、労働訴訟等、日系企業の法的課題を多く解決。

[所属]
中華全国弁護士協会会員、中華全国弁護士協会経済法務専門委員会委員

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