2025.06.21
- 【東南アジア】弁護士法人One Asia/第59回「東南アジアにおける国際紛争解決の最前線:調停と仲裁の進化と実務行」
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◇東南アジア
はじめに
国際的なビジネスを展開するうえで、効率的な紛争解決制度を利用できるかどうかは、企業の成否を左右する重要な要素となっています。高い付加価値を追求するビジネスには、避けがたく紛争が伴います。そうした紛争を的確かつ迅速に処理できるか否かが、企業の持続的成長の鍵を握ります。1. 国際仲裁の進化とその戦略的活用
さらに、紛争を短期間で適切に解決することは、財務報告の信頼性を確保するうえでも不可欠です。紛争が長期化すれば、予見可能性や経営の透明性にも悪影響を及ぼします。
近年、ビジネスのグローバル化に伴い、国境を越えた紛争解決の手法が急速に進化しています。特に、仲裁や裁判といった決定型手続に、調停などのADR(裁判外紛争解決手続)を柔軟に組み合わせる実務が成熟しつつあり、より迅速かつコスト効率の高い解決が現実のものとなっています。
日本政府も東南アジア諸国との連携強化を打ち出しており、今後、日本企業が海外で紛争解決制度をどう活用するかは、戦略的にもきわめて重要になります。
そこで本ニュースレターでは、 東南アジアにおけるこうした最新の動向について、実務的観点からわかりやすく解説いたします。
国際的なビジネス紛争において、国際仲裁は今や主要な紛争解決手段として確固たる地位を築いています。その礎を築いたのが、パリに本部を置く国際商業会議所(ICC)であり、同機関は約100年にわたり仲裁制度の発展を主導してきました。中でも、1958年の「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(いわゆるニューヨーク条約)」の成立は、`ICCが国連と密接に協力することによって成し遂げられたものであり、国際仲裁の世界的普及に決定的な影響を与えました。
国際仲裁の最大の特徴は、当事者自治の尊重と中立性の確保を両立した高い柔軟性にあります。当事者は仲裁地、使用言語、準拠法、手続きの進行方法などを自由に定めることができ、異なる法的・文化的背景を持つ企業間でも公平かつ効率的な解決が可能です。この制度は国際商取引のみならず、投資協定に基づく「投資家対国家(ISDS)」紛争にも適用されており、 国際的な投資を推進する手段としても機能しています。
こうした仲裁制度の中核を担うのが、ICCをはじめとする各国の仲裁機関です。各機関はICC型の国際仲裁を基盤としつつ、それぞれ独自の仲裁規則を設け、ユーザーのニーズに応える形で差別化を図っています。紛争当事者は、これらの特色を把握したうえで、契約書中の紛争解決条項において最適な仲裁機関を選択することが重要です。
国際仲裁の大きな利点の一つが、仲裁判断の国際的執行可能性です。ニューヨーク条約の締約国は170を超え、条約の要件を満たす仲裁判断であれば、たとえ仲裁機関が法制度の整備が不十分な国に所在していたとしても、他国での執行が可能です。この広範な執行力により、仲裁は国境を越える法的安定性を企業に提供しています。
さらに、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)のモデル法の普及により、各国における仲裁法の標準化が進展し、従来は国際的な紛争に限られていた仲裁が、国内の商事紛争においても利用可能な国が増加しつつあります。国際仲裁は、国家の裁判所に代わる現実的な選択肢として、その存在感を急速に高めています。
近年では、仲裁に交渉や調停(ADR)を組み合わせる「調停仲裁(Med-Arb)」方式が注目を集めています。これは中国のCIETACが先駆けとなって導入したもので、複数の仲裁機関が既に制度化しています。この方式により、費用と時間を大幅に削減できるだけでなく、当事者間の合意が仲裁判断という法的効力を持つ形で執行可能となる点も大きな利点です。
また、緊急仲裁人制度(Emergency Arbitrator)の整備も進んでおり、仮保全措置命令に執行力を与える法制度を導入する国が増加しています。こうした法的基盤の拡充により、国家裁判所も国際仲裁の有効性を積極的に認め、手続への協力姿勢を強めています。
さらに、コロナ禍を契機として仲裁手続のオンライン化が加速度的に進展しました。これにより地理的制約が大きく緩和され、当事者の負担軽減や手続きの効率化が図られています。多くの仲裁機関がオンラインでの書類提出や手続管理のプラットフォームを導入し、デジタル時代の新たな紛争解決インフラが整いつつあります。
以上のような変化を踏まえ、以下では、東南アジア地域における国際仲裁の実務的活用方法について、各国の制度や仲裁機関の特徴を比較しながら、企業が留意すべきポイントを検討 します。
2.東南アジアにおける国際仲裁の展開
現在、東南アジアにおける国際仲裁の中心地としては、シンガポールが圧倒的な存在感を示しており、グローバルな紛争解決ハブとして広く活用されています。次点としては、マレーシアのアジア国際仲裁センター(AIAC)が、特にマレーシア関連案件において有力な選択肢となっています。
一方、それ以外の東南アジア諸国の多くは、大陸法の影響を受けた多様な法制度を持ち、法曹界も自国言語が主流であるため、国際的な紛争解決の場としては依然として課題が残ります。特に、裁判所の機能不全や汚職、官僚的障壁が実効的な紛争解決の妨げとなる場合も少なくありません。
しかし近年、こうした国々においても国際仲裁の整備が進みつつあります。 そこで以下では、 シンガポールの状況に加えて、仲裁制度の活性化に成功したベトナムと、制度改革を着実に進めているインドネシアの動向について紹介します。
(1)国際的なビジネス紛争解決のハブとしてのシンガポール
シンガポールは、アジアにおける国際的なビジネス紛争解決の中核拠点としての地位を確立しており、主要な仲裁機関であるシンガポール国際仲裁センター(SIAC)および国際商業会議所(ICC)のアジア拠点を通じて、高水準の仲裁サービスを提供しています。とりわけSIACは、仲裁実務の先端を行く存在として国際的に高く評価されており、その信頼性と制度の進化は注目に値します。
2025年1月1日に施行されたSIACの新仲裁規則(第7版)は、仲裁手続の効率性・柔軟性・透明性の向上を目的とし、近年の国際紛争解決実務の進展や多様な当事者ニーズに応える内容となっています。特筆すべきは、複数の重要な制度改正です。
まず、少額紛争への対応強化として「簡易手続(Streamlined Procedure)」が導入されました。これは、訴額が100万シンガポールドル(約1億円)以下の案件に自動適用され、原則として単独仲裁人による書面審理が行われ、 仲裁廷の成立から3か月以内の判断を目標としています。これにより、従来は平均訴額約48億円規模の大案件を多く扱ってきたSIACが、中小企業やスタートアップにとっても利用しやすい制度へと進化したことになります。
次に、緊急仲裁制度の実効性が強化され、「保護的予備命令(Protective Preliminary Order)」制度が新設されました。これは、緊急仲裁人による暫定的救済に加え、相手方に通知せずに申立てが可能となる制度であり、資産の散逸や証拠の改ざんなどのリスクが高い案件に迅速に対応することが可能になります。知的財産権や企業秘密の保全など、即時性を要する紛争分野において極めて実践的な効果を発揮します。
さらに、仲裁と調停の連携も制度的に促進されました。仲裁廷が手続初期に当事者へ和解の可能性を検討させることが可能となり、必要に応じて手続を一時停止して調停に切り替えることも可能です。この運用は、シンガポールが推進する「Arb-Med-Arb(仲裁–調停–仲裁)」モデルと一致し、迅速かつ柔軟な紛争解決を目指す企業にとって非常に有用です。特に、日本を含む多国間で発効した「シンガポール調停条約」との相乗効果により、調停合意の執行可能性が国際的に担保され、紛争解決の選択肢が広がっています。
加えて、仲裁人の選任手続も厳格化・透明化が進みました。仲裁人には独立性と公平性が求められ、選任前に潜在的な利益相反の開示が義務化されています。異議申立ての手続も明確化され、当事者の信頼性確保に資する制度運用が整備されています。また、選任にあたってはジェンダーや地域的多様性の尊重が方針として明文化され、国際仲裁全体の公正性向上にも寄与しています。
そのほか、仲裁手続のデジタル対応も強化されており、コロナ禍以降に拡大したオンライン審理に適応すべく、手続の電子化やデジタルプラットフォームの標準化が進められています。仲裁費用に関する透明性の確保もなされ、見積もりや費用内訳の提示が義務化されたことで、当事者は予算の見通しを立てやすくなりました。
また、多当事者・複数契約にまたがる紛争に対しても柔軟に対応できるよう、仲裁廷の構成や手続統合に関する規定が整備され、複雑な取引構造を持つ案件にも対応可能な制度基盤が整っています。
これらの改正を通じて、SIACは従来の大規模国際紛争に加え、中小規模の案件や緊急事案にも対応できる包括的な紛争解決機関へと進化しました。実際に、2024年には625件の新規申立てがあり、過去10年にわたり高水準を維持しています。シンガポールの国家戦略である「仲裁と調停の統合型紛争解決ハブ」の実現に合致した制度設計といえるでしょう。
加えて、日本企業にとっては、現地に多数存在する日系法律事務所のサポートが受けられる点でも安心感があります。高い信頼性と制度的充実を兼ね備えたシンガポール仲裁制度は、今後も国際ビジネスにおける有力な紛争解決手段として位置づけられることは間違いありません。
(2)ベトナム
ベトナムにはすでに多くの日本企業が進出しており、それに伴ってビジネスに関連する紛争も増加しています。従来、ベトナムの裁判制度は腐敗や官僚主義の問題から信頼性に欠け、海外企業にとっては不透明かつ高コストな解決手段とされてきました。
こうした背景を踏まえ、ベトナム政府は仲裁制度の整備に力を入れており、ベトナム国際仲裁センター(VIAC)は国際的な信頼性を高めながら、現在では年間約400件の国内外の案件を扱うまでに成長しています。ハノイとホーチミンに拠点を構え、国際水準に基づいた仲裁規則のもと、調停との併用も可能な柔軟な運用がなされています。
中でもVIACの「Arb-Med-Arb(仲裁-調停-仲裁)」プロトコルは、仲裁と調停を組み合わせた先進的な紛争解決手法として注目されています。仲裁申立と同時に調停が開始されるため、当事者は「仲裁が待機している」という時間的プレッシャーの中で合意形成を図る強い動機づけが働きます。調停が成功すれば合意内容は仲裁判断として記載され、ニューヨーク条約に基づき国際的に執行可能です。不調に終わっても、仲裁手続が継続されるため、紛争の解決は確実に担保されます。
この仕組みは、オンライン調停や費用返還制度、時効停止の制度とあわせて、特に国際商取引や低額紛争において実用性が高く、VIACはコスト面・地域性の面でも競争力を有しています。ただし、緊急仲裁人制度の未整備など、今後の改善が期待される点もあります。
一方で、日本商事仲裁協会(JCAA)などの海外仲裁判断のベトナム国内での執行もニューヨーク条約により可能性が高まっているとはいえ、地方の裁判所は依然として信頼性に課題があり、執行にかかるコストも高くなりがちです。これに対し、VIACによる仲裁は費用が比較的抑えられ、ベトナムの裁判所を通じた執行もより円滑に行えるとされています。
なお、VIACでの仲裁を実施するには現地弁護士との連携が不可欠ですが、One Asia `Lawyersではこうした手続きにも対応しています。さらに、日本企業がベトナム政府を相手に投資協定に基づく仲裁を提起することも、現実的な選択肢となりつつあります。ハーグ常設仲裁裁判所(PCA)がハノイにオフィスを構えており、投資紛争解決のインフラも整いつつあります。
(3)インドネシア
インドネシアにおける仲裁制度は、依然としてグローバルな基準には及ばない点もありますが、近年は着実な改善が見られます。特に、日本とインドネシアの貿易協定が2025年に改定されることを受け、電子商取引を含むビジネス関係の拡大が見込まれる中で、信頼性のある紛争解決手段の整備が一層進展することが期待されます。
インドネシアの代表的な仲裁機関であるBANI(インドネシア国家仲裁機関)は、かつて内部の分裂問題を抱えていましたが、最高裁判所の判決により法的に決着がつき、制度的安定が回復されました。加えて、BANIは国際的な水準に近づくため、仲裁規則の改正を2022年および2025年に実施しており、その内容には緊急仲裁人制度の導入など、重要な制度改革が含まれています。
特に2025年の改正により整備された緊急仲裁人制度は、早期の暫定保全措置命令が必要とされる事案への迅速な対応を可能とするもので、実効的な紛争解決に向けた大きな前進といえます。また、BANIは以前から仲裁手続中における当事者間の友好的な解決を促す規定を有しており、調停や交渉を通じて得られた合意に仲裁判断としての法的効力を持たせることができる点も注目されます。
手続のオンライン対応も進んでおり、今後さらに利便性と透明性が向上することが期待されます。ただし、BANIで外国人弁護士が代理人を務める場合には、インドネシア人弁護士との同席が必要となるため、現地実務に精通した法律事務所との連携が不可欠です。
また、外国仲裁判断のインドネシア国内での執行には依然として時間を要し、公序の解釈が広範であることから執行が困難になる場合があります。しかし、BANIを利用した仲裁であれば、こうした問題は相当程度緩和されると考えられます。
これらの点を総合すると、日本企業がインドネシア企業との間で紛争解決を図る際には、BANIによる仲裁を採用することが、今後ますます有力な選択肢となるといえるでしょう。
3.終わりに
かつてビジネス契約における紛争解決条項は、あたかも安全ベルトのように「万が一」に備える予防措置とみなされ、実務上重視されることは稀でした。しかし近年では、国際仲裁をはじめとする紛争解決制度が成熟し、実効性を伴う現実的な選択肢として認識されるようになったことで、紛争解決条項の定め方そのものが、契約交渉や事業展開における重要な戦略判断となっています。
特に東南アジア地域では、各国の仲裁制度が急速に整備・発展し、単に制度として存在するだけでなく、コスト効率・執行可能性・柔軟性といった点で実践的に利用できる段階に到達しつつあります。こうした状況では、どの仲裁機関を選択するか、あるいはどのように調停や仲裁を組み合わせたプロセスを設計するかが、紛争発生時の対応力を左右し、最終的には事業全体の安定性や継続性に直結することになります。
したがって、紛争解決条項の検討は、単なる契約の形式的要素ではなく、事業の成否を左右する本質的な経営判断の一部と捉えるべきです。最適な手続の選択肢は、関与する当事者の関係、事業分野、契約金額、想定されるリスクなどに応じて異なります。
当事務所では、こうした実務の進化と現地制度の変化を踏まえながら、依頼者の皆様のビジネス戦略に即した、実効的かつ持続可能な紛争解決スキームの構築を支援すべく、日々知見の研鑽を重ねております。ぜひお気軽にご相談ください。
以上---------------------------------◆ One Asia Lawyers ◆---------------------------------「One Asia Lawyers Groupは、アジア全域に展開する日本のクライアントにシームレスで包括的なリーガルアドバイスを提供するために設立された、独立した法律事務所のネットワークです。One Asia Lawyers Groupは、日本・ASEAN・南アジア・オセアニア各国にメンバーファームを有し、各国の法律のスペシャリストで構成され、これら各地域に根差したプラクティカルで、シームレスなリーガルサービスを提供しております。
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本ニュースレター(2025年6月2日号)
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〇第56回 【フィリピン】「外国人雇用に関する新規則」
〇第57回 【フィリピン】「政府調達に関する新施行規則」
〇第58回 【インドネシア】「法人の実質的支配者の検証と監督に関する法務大臣規則2025年2号の施行」
弁護士法人One Asia|One Asia法律事務所 福岡オフィス
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- 弁護士法人One Asia|One Asia法律事務所 制作