2012.10.03
- その他のアジア【アジア】アジア通信/第七回 トータルリードタイムの短縮その2
- アジア通信/第七回
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今回のテーマは、前回に続きトータルリードタイムの短縮です。前回は、「1.物流距離の長さ」と「2.各組織間の連携の弱さ」によるトータルリードタイムの伸長と短縮策について述べました。これらは、海外進出企業にとって、特に問題となる事項ですが、日本国内で事業が完結している企業でも同様の問題が発生しています。今回も、同様に、海外進出企業・日本国内で事業が完結している企業の両方に当てはまるテーマです。なお、文中の番号は、前回からの通し番号となっていますので、今回は3.から始まります。
3. 大きすぎるロット(仕入・製造・輸送の最小単位)
以下のようなケースです。いずれも、コストを下げようとした結果、リードタイムが長くなっています。
① 安く買うために原材料をまとめ買い。買ってから販売されるまでの時間が長くなってしまう。
② 商品・製品1個当たりの輸送コストを安くするために、商品・製品をまとめて輸送する。例えば、製品を100個まとめて輸送する場合には、最初の1個目の製品は、それが完成してから、残り99個が完成するまで出荷されないことになります。残り99個を待っている時間分リードタイムが伸びることになります。
③ 炉での一回当たりの熱処理費用は、1個でも100個でも同じ。製品1個当たりの熱処理費用を安くするために、まとめて100個処理するが、処理しすぎて売れ残ってしまうことも。
④ 次工程に仕掛在庫をまとめて運搬。運搬回数は減るが、運搬待ち在庫が増加することに。
以上のケースでは、1回当たりの買い取り量を減らす・発送頻度を増やすなど、1ロット当たりの数量を小さくすることにより、リードタイムを短縮することが出来ます。他方、仕入単価や輸送費などのコストが増加するというデメリットが発生しますので、最適な1ロット当たりの数量は、これらのメリット・デメリットを比較のうえ、決定するということなります(ちなみに、この場合の増加コストを如何に理解するか、このこと自体も一大テーマです。)。
しかし、筆者は、メリット・デメリットの比較以前に、中堅中小企業は大ロット化によるコスト削減を目指すべきでは無いと考えております。大ロット化によるコスト削減とは、スケールメリットの追求ということであり、この土俵での戦いは、規模の大きい企業や資金力のある企業にとって有利、中堅中小企業にとっては端から不利となるからです。中堅中小企業は、自社に有利な土俵(その一つが短納期)での戦いを目指すべきと考えます。
4. 販売先・仕入先・競合他社に対しての弱い立場
取引先等との力関係もリードタイムに大きな影響を与えます。
① 販売先から要求される無理な納期を守るために、本来は受注生産であるが、実際には受注前に作り置きをしておく。
② 大手仕入先が設定する最小仕入数量が大きいので、まとめ買いしかできない。
③ 競合他社よりも短納期を実現するための作り置き。
④ 拙い運用のVMI。VMI(Vendor Management Inventory)とは、当社を中心に考えると、当社所有で当社が管理する、販売先(納入先)の近くに置かれた在庫のことをいいます。販売先(納品先)の生産計画や需要予測情報が当社にも共有され、これらの情報に基づき置かれる在庫の種類・量が決まります。販売先(納入先)は必要な時に必要な量の在庫を引き取ります。VMIは上手く運用されれば、販売先(納品先)当社の双方にメリットをもたらしますが、拙い運用、例えば需要予測の精度が低いなど、の場合には、当社のリードタイムをいたずらに長くすることになります。
取引先等との力関係の改善は容易なことではありませんが、リードタイムの短縮による短納期化は取引先・競合との力関係改善の武器となります。
実際には、取引先等との力関係以前のケースが散見されます。交渉により条件改善の余地があるにもかかわらず、改善交渉は無理・不可能という先入観から、交渉自体を行っていないケースです。「これが業界の常識である」、「この業界はこういうものだ」、「そんな交渉を持ちかけるとたちどころに取引が打ち切られてしまう」、という先入観は、力の強い取引先や手強い競合他社以上の脅威です。諦める前に、まずは、取引先との改善交渉にトライしてみては如何でしょうか。
5. 工場内のレイアウト
工場内の各工程のレイアウトが、工場内のモノの流れに沿っていないと、モノは工場の中を行ったり来たり何往復もすることになります。また、各工程の間の距離が長いと、工程と工程の間が加工待ちの仕掛在庫置き場になりかねません。モノの流れに沿った、シンプルでコンパクトなレイアウトが重要です。
6. 倉庫のキャパシティー
大きな倉庫を埋め尽くすまで在庫を保管してしまうと、入庫してから出庫するまでの時間が長くなってしまいます。ちなみ、「人間は与えられた資源を使いきってしまう」という法則(パーキンソンの法則)があるそうですが、キャパシティー一杯まで倉庫を埋めてしまうのは、この法則の典型です。大きすぎる倉庫を使い切る必要はありません。
ところで、「経営改善の答えは現場にあり。」と、店舗や工場に足繁く通う経営者は沢山いますが、倉庫に通う経営者は多くないように感じます。しかし、倉庫には、店舗や工場以上に見るべき価値があります。特に、海外の倉庫です。経営者の目の届かない海外の倉庫は、凄いことになっているかもしれません。例えば、滞留在庫の隠し場所になっている、または逆に、帳簿上存在しているはずの在庫が存在しないなどです。
このような極端なケースでなくても、倉庫には、営業や製造部門業務の無理・無駄・ムラが、在庫の過不足という姿で凝縮されて現れていますので、足繁く通うだけの価値がある場所といえましょう。
7. コスト削減
これまでに述べたリードタイム伸長要因は、コスト削減の結果として発生することがあります(特に、「1.物流距離の長さ」、「2.各組織の連携の弱さ」(以上第六回)、「3.大きすぎるロット」)。例えば、安い人件費を求めた結果の物流距離の伸長、通信費・旅費交通費削減の結果の連携の弱体化、大ロット化によるコスト削減の結果としての加工・出荷待ち時間の伸長、などです。そして、リードタイム伸長の結果、機会損失・在庫廃棄損等の発生や資金繰り悪化などのデメリットが発生します。
コストの削減に際しては、コスト削減とそのことによって発生するデメリットの因果関係を把握し、削減コスト額とデメリットを比較する必要があります。さもなければ、コスト削減⇒リードタイム伸長⇒損益悪化(機会損失・在庫廃棄損等発生)・資金繰り悪化⇒更なるコスト削減⇒・・・・更なる損益悪化・資金繰り悪化⇒・・・・・という悪循環に陥ることになりかねません。
8. リードタイム伸長が更なるリードタイム伸長を生み出す悪循環
リードタイムの伸長それ自体が、リードタイム伸長の原因となるという悪循環です。
後工程は、前工程に在庫を発注してから納品を受けるまでの期間に見合う在庫を、保有する必要があります。発注から納品までの間に在庫を切らさないようにするためです。例えば、販売部門がある製品を製造部門に発注してから納品を受けるまでの期間が、2週間であれば、販売部門では、その製品の在庫を2週間分持つということです。
ある工程では、発注から納品を受けるまでのリードタイム分の在庫が必要ということですので、前工程までのリードタイムが1週間伸びると、後工程でも1週間分の在庫を多く持つことが必要となり、結局全社では、2週間リードタイムが伸びる結果となってしまいます。これが、リードタイムの伸長それ自体が、リードタイム伸長の原因になるということです。
また、見込み生産の場合には、例えば、リードタイムが0.5ヶ月と1.5ヶ月のケースですと、後者は前者よりも元々リードタイムが長いのですが、更に、後者は前者よりも、通常売れ残りが多くなるので、その売れ残り分、後者のリードタイム方の方が長くなってしまいます。
以上のことから、逆に、ある業務プロセスにかかるリードタイムと他の業務プロセスにかかるリードタイムに因果関係がある場合には、原因となる業務プロセスの改善により、それ自体のリードタイムだけで無く、結果となる業務プロセスのリードタイムの短縮も可能となります。
以上、トータルリードタイムの伸長要因とその短縮策について述べてまいりました。実は、以上とは別に、トータルリードタイムの伸長要因があります。筆者はこれこそが最大の要因であると感じています。
その要因とは、企業や企業グループ全体にまたがるトータルリードタイムの重要性が、その企業・企業グループに認識されず、その長短が経営の判断材料に全く用いられていないということです。リードタイムについての認識が、製造部門・工場・工程などの局地だけに向けられ、企業グループ全体に向けられない結果、局地戦では善戦するも、企業グループ全体では儲かっていないというケースが少なくないと感じております。もちろん、重要性を認識しさえすれば、ただそれだけで自動的に短縮されるわけではありません。しかし、重要性が認識されないことには、短縮に向けた対策立案も行動も始まりません。最初に経営トップの認識ありきです。この認識を持っていない企業のアジア進出は要注意です。
また、日本国内で事業が完結しているにも拘わらずリードタイムが長すぎる企業のアジア進出も要注意です。日本国内は、リードタイムを短くできる環境、つまり、短時間で淀みなくモノを流せる環境がよく整っています。
日本の国土は広くないので物流距離も長くありませんし、物流インフラもよく整備されていますので、物流のリードタイムは短くて済みます。また、電力供給も安定しており、電力の供給不足や停電による工場の操業停止⇒モノの流れの停滞、という事態も起こりません(震災後は断言できなくなっていますが)。
更に、企業内の各組織・機能が地理的に近接しています(例えば、営業部門・製造部門・購買部門がそれぞれ近い場所にある)。お互いの勝手がよく分かっている仕入先・販売先・物流業者等の取引先も地理的に近い所にあり、これらの取引先を経由してモノが流れます。したがって、モノを淀みなく流すための販売・在庫情報を、企業内の各組織や取引先相互でやり取りすることは容易であり、加えて、やり取りのための情報通信インフラも整っています(ちなみに日本のインターネット環境は極めて快適です)。
対して、多くのアジアの国では日本のほど環境が整っているわけではありません。日本の整った環境においてですら長いリードタイムは、アジアに進出により更に長くなってしまいます。
アジア進出を考える企業は、進出に先立ち、日本国内における事業のリードタイムの長さを検証し、これが長すぎるのであれば、その原因、つまり儲からない原因を特定・除去する必要があります。

- 【掲載元情報】
- 山田ビジネスコンサルティング株式会社 専務取締役シンガポール支店長 東 聡司
- [略歴]
山田ビジネスコンサルティング(株)創業以来、日本国内の中堅中小企業の再生支援業務に携わる。2012年1月~2月にかけて中国進出日系企業の経営
状況を調査。2012年4月のシンガポール支店長就任後はタイ・インドネシア・ベトナム等ASEAN各国に進出している日系企業の経営状況を調査。経営
の観点から日本企業のアジア進出をサポートする。