2012.09.06
- その他のアジア【アジア】アジア通信/第三回 何のためのアジア進出か2 ―コスト削減のための海外進出⇒ リードタイム伸長 ⇒ 儲けの減少 とならないか?―
- アジア通信/第三回
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「日本ではコスト、特に人件費が合わない、だからコストが安いアジアに進出する。」、日本企業が製造拠点としてのアジアに進出する主要な理由です。製造原価や販管費に占める人件費の割合の高さを考えると人件費の安いアジアは魅力的に見えます。
しかし、この点について、引っ掛かるところがあります。といいますのは、筆者は、コスト削減に取り組んでいるにもかかわらず儲からない企業の事例を少なからず見てきているからです。
1.コスト削減の結果、儲からなくなる?
“コスト削減に取り組んでいるにもかかわらず儲からない”、と書けば、何故、そんなことが起きるのか?売上からコストを引いたものが利益なので、コストを削減すれば儲かるはずではないか、と違和感を覚える方が大半だと思います。
しかし、“コスト削減の結果、製品の製造や運搬に要する時間が長くなったため、売れる時期に売ることができなくなり、儲からなくなった”、と書けば、納得されるのではないでしょうか。
安いコストを求めて海外進出する企業は、進出の結果、製造や運搬に要する時間(リードタイムといいます。)が長くなったために儲からなくなる、という落とし穴に注意しなければなりません。前回(第二回)でトータルリードタイムの重要性に触れましたが、今回は海外進出によるトータルリードタイム伸長のデメリットに触れます。
2.アジア進出に伴い伸長するトータルリードタイム
海外進出により、トータルリードタイムがどのように伸長するのか、国内で製造・販売を行っている会社がコスト削減のためにアジアに工場を移転するケースを例に考えてみましょう。
このケースでは、従来の日本国内での製品の輸送が、アジアの工場から日本の親会社への輸送となり(輸送距離の伸長)、輸送のためのリードタイムが長くなることになります。また、工場移転後も、原材料や部品を日本から調達する場合には、調達のためのリードタイムも伸びることになります。
海外進出によって、輸送距離の伸長以外にも、様々な要因でリードタイムが伸長します。例えば、輸送コスト削減の結果の伸長です。輸送コストを下げるために、原材料等や製品をまとめて大ロットで輸送すると、結果として、リードタイムは長くなります。ロットサイズが大きければ大きいほど、ロットサイズに達するまでの待ち時間が長くなるからです。飛行機よりも船の輸送は安くなりますが、安い分、リードタイムは長くなります。また、日本国内であれば、例えば毎日1回トラックで製品等を出荷していたのに対して、アジア進出後には1週間に1便だけの船での出荷となれば、出荷までのリードタイムは7倍に伸長します。通関で製品等が停まることによる伸長、日本の工場と勝手が異なる海外の工場での生産による製造リードタイムの伸長もあります。
現地法人において、日本人駐在員とローカルスタッフの間の言葉の壁・文化の壁等により生じる業務の停滞もリードタイムを長くします。進出企業(進出企業グループ)の各部門(製造部門・販売部門・管理部門など)が地理的に分断され、相互の連携が弱くなることによっても、トータルリードタイムは伸びます。例えば、日本の販売部門が持っている販売情報や店頭在庫の情報がアジアの製造部門に十分にフィードバックされずに作りすぎてしまうことによる伸長です(作ってから売れるまでのリードタイムが長くなる)。連携強化のためには、海外現地法人と日本の親会社を横断する強力なリーダーが必要となりますが、このリーダーの不在もトータルリードタイム伸長の大きな要因です。
3.トータルリードタイム伸長のデメリット・リスク
トータルリードタイム伸長がどのように儲けの減少に繋がるのか、アジアに工場を移転したことにより、原材料等の調達~販売のリードタイムが、工場移転前の0.5ヶ月から、移転後は1.5ヶ月に伸長するケースで具体的に考えていきましょう。
(1)販売機会・受注機会の喪失-機会損失の発生-
この会社が見込み生産を行っている場合、原材料等の調達時点を基準にすれば、移転前は0.5ヶ月先の需要予測を行えば良かったのに対し、移転後は1.5ヶ月先の需要を予測しなければならず、予測精度は低くなります。その結果、売れ残りリスクと欠品リスクの両方が増加することになります。加えて、ある製品に欠品が発生してもリードタイムが長いと追加生産が間に合わなくなり、売ることが出来なくなってしまうリスクも増加します。また、リードタイムが長いと、他社に先駆けて新製品を市場に投入することが困難になるどころか、他社に先んじられるリスクが発生します。
製品に対する需要が急増した場合、その逆に、需要が急減した場合も、リードタイムの伸長は不利です。リードタイムが長いと、需要の急増に製品の供給が追いつかず、販売機会を逸することになります。リードタイムが長いと、前倒しで原材料等の仕入や製品の生産を行わなければならず、需要急減局面では、前倒しで手当している多くの在庫につき売れ残りリスクが発生します。
この会社が受注生産を行っている場合、納期は、移転前の受注の0.5ヶ月後から、移転後は1.5ヶ月後と長くなってしまい、受注力の低下に繋がります。
売れ残り・欠品・受注力低下は、販売機会・受注機会の喪失ということができます。そして、販売機会・受注機会を喪失したことによる損失を”機会損失(または機会原価)”といいます。”もし、その商品・製品が売ることができたら得られたであろう利益”を得ることが出来なかった損失、ということです。損失や原価という言葉を使いますが、機会損失(原価)は損益計算書に計上されません。
(2)資金繰り悪化
リードタイムの伸長は、資金繰りを直撃します。原材料等の調達から販売までのリードタイムが0.5ヶ月から1.5ヶ月に伸びることにより、支払い(原材料等の調達)から入金(販売)までの間隔が0.5ヶ月から1.5ヶ月に伸びる、つまり資金繰りが悪化することになります。
(3)在庫増加
リードタイムが長くなると、その長さに比例して在庫の金額(残高)が増加します。原材料等の調達から販売までのリードタイムが0.5ヶ月から1.5ヶ月に伸びると、在庫(原材料・仕掛品・製品)の金額は3倍になります(下図参照)。
在庫が増えると、増加在庫を保有するための資金(運転資金)が必要になります。この資金を借入金でまかなう場合には利息が発生します。業績不振の会社はそもそも借入ができない場合もあります。また、仮に、在庫をドルや現地通貨建てで販売するが、借入は円建てで行うような場合には、為替リスク(この場合は円高リスク)が発生することになりますが、在庫の増加に応じて必要借入額は大きくなるので、為替リスクも増大することになります。
(4)投下資金の回収期間伸長
トータルリードタイムは、資金を投下してから回収するまでの時間を表します。トータルリードタイムの伸長は、在庫に投下した資金の回収時間の伸長ということであり、その資金の再投下による儲けの機会の減少を意味します。
(5)在庫の評価損・廃棄損
売れ残りは、在庫の評価損や廃棄損になります。ライフサイクルの短い製品・商品の場合、リードタイムの少しの伸びが評価損・廃棄損に直結することになります。また、売上に占める原材料費などの変動費の割合(変動費比率)が高い製品・商品の場合は、変動費比率が低い製品・商品の場合よりも、廃棄損のダメージは深刻なものになります。
4.意識されないリードタイム
このように、リードタイムの伸長は、機会損失・在庫評価損や廃棄損その他による損益の悪化と資金繰りの悪化をもたらします。ところが、このような大きなリスクを意識している会社が少ないと感じます。リードタイムが長いゆえに、資金繰りが逼迫しているにもかかわらずです。
意識されない原因は、機会損失は損益計算書に計上されないこと、在庫の評価損・廃棄損の損益計算書への計上は先送りされる傾向にあること、資金繰りの悪化はそのまま損益計算書に反映されないこと、にあると推察します。つまり、損益計算書上に“見える化”されていないので意識できない、ということだと思います。
リードタイム及びそれが伸長するリスクを意識しないと、業績不振の原因がコスト高であると誤認され、コスト削減⇒リードタイム伸長⇒損益悪化(販売・受注機会喪失・在庫評価損・廃棄損発生)・資金繰り悪化⇒更なるコスト削減⇒・・・・更なる損益悪化・資金繰り悪化⇒・・・・・という悪循環に陥ることになりかねません。
5.兵站の重要性
トータルリードタイム短縮のためには、兵站(ロジスティックス)の確保が重要です。兵站とは、モノを淀みなく流すルート・仕組み・動きのことです。営業や製造の現場などの局地戦で、現場の社員が如何に善戦しようとも、モノを戦場(現場)に淀みなく投入し続けない限り、商売という戦争に勝つことは出来ません。
ところで、日本の製造業は、カンバン方式やセル生産方式などの優れた生産方式を開発・実践し、これまで大きな成果を挙げてきました。これらの方式の大きな効用の一つが製造リードタイムの短縮です。製造リードタイムの短縮により、少ない投下資金で多くの儲けを獲得してきたのです。日本の製造業は、このような優れた生産方式をアジアの工場でも展開し、アジアの工場における製造リードタイムの短縮に成功しています。それだけに、海外進出のために長くなった物流リードタイムが、工場内の製造リードタイム短縮効果を大幅に減殺してしまっていることが残念でなりません。工場という局地戦では善戦するも、伸びきった兵站が勝利を困難にしているという状況です。
進出地の選定に際しては、兵站を確保できるか、つまり原材料等の調達・販売先への納品を淀みなく行うことができるか、物流その他のインフラが整備されているかを第一に検討する必要があります。特に、日本との間で原材料・商品・製品の輸送が必要な場合には、港や空港までのアクセスは容易か、船や飛行機の便数は十分か、船便の場合には輸送日数が十分に短いかをよく検討しなければなりません。これらの要素が進出企業の業績を決定する要因となるからです。
反面、人件費の安さ一辺倒で進出地を選定することは得策ではありません。その国・地域の人件費は、労働者の質だけでなく、消費地へのアクセスの良否、原材料等の現地調達の容易性、インフラの整備状況など、兵站を確保するための重要な要素を総合的に表している指標といえます。人件費の安さを追求すればするほど、兵站が伸び、”安物買いの銭失い”という結果になりかねません。
人件費の安さの追求と兵站の確保はトレードオフの関係にあるといえますので、進出地の選定に際しては、人件費削減というプラス効果とトータルリードタイムの伸長というマイナス効果を天秤にかける検証が必要となります[1]。
アジアに進出して、儲けるためには、兵站の確保が重要です。

- 【掲載元情報】
- 山田ビジネスコンサルティング株式会社 専務取締役シンガポール支店長 東 聡司
- [略歴]
山田ビジネスコンサルティング(株)創業以来、日本国内の中堅中小企業の再生支援業務に携わる。2012年1月~2月にかけて中国進出日系企業の経営状況を調査。2012年4月のシンガポール支店長就任後はタイ・インドネシア・ベトナム等ASEAN各国に進出している日系企業の経営状況を調査。経営の観点から日本企業のアジア進出をサポートする。