2013.10.25
- その他のアジア【アジア】アジア通信/第25回 フィリピン編③ 経済成長の道筋
- 【アジア】アジア通信/第25回
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前回【第24回】までは、80 年代から97 年までのフィリピンの経済状況・経済停滞の原因を概観しました。
停滞の最大の原因は、83 年の対外債務危機以来の経済・政治両面での混乱が約10 年に亘って続き、この間に、海外からの直接投資を呼び込むことが出来ず、産業の発展が遅れてしまったことにあります。
現在は、フィリピンの政情は安定し、また、フィリピン政府は輸出産業を積極誘致する方針・施策を採用しており、海外からの投資を呼び込む環境は整っているといえます。
実際に、近年、フィリピンへの直接投資額は増加傾向にあり、日系企業の大型進出も相次いでいます。
3回目となる今回は、まず、フィリピンの今後の経済成長の道筋を考えていきます。
3. フィリピン経済成長の道筋
(1) 海外からの直接投資・輸出産業の発展
97 年以降の動向を見ていきましょう。前回までは、フィリピン経済とタイ経済の比較を行いました。
しかし、現在では、フィリピンとタイの経済格差が大きくなりすぎて、タイとの比較が困難になっていると考えます。
そこで、今回は、フィリピンをベトナムと比較することにいたします。
フィリピンは、人口約96 百万人、名目GDP約25 百億ドル、一人当りの名目GDP 約2,600 ドル、ベトナムは、それぞれ、約88 百万人、 12 百億ドル、1,500 ドル強です1(12 年)。ベトナムの経済規模と豊かさは、フィリピンの半分程度です。
以下のグラフは97 年以降のフィリピンとベトナムへの直接投資額の推移です。
海外からの直接投資は途上国における産業発展・経済発展の牽引車となっています。
フィリピンへの直接投資額は、06 年までベトナムとほぼ同程度で推移してきましたが、07 年からベトナムに大きく引き離されています。
フィリピンへの直接投資額は11 年・12 年と増加傾向にありますが、それでもベトナムの大幅な増加に比べると、どうしても見劣りしてしまいます。
日本からベトナムへの直接投資も06 年以降増加傾向にあり、11 年以降に急増しています。
ベトナムと比較するとフィリピンへの直接投資額の伸びに力強さはありません。
ベトナムへの直接投資額が増加している大きな要因が携帯・スマホ工場の進出です。
09 年に韓国のサムスン電子がベトナム(北部バクニン省)に進出し、翌10 年から携帯・スマホの生産を開始しています。
また、13 年にはノキア(フィンランド)の携帯・スマホ工場も北部バクニン省に進出しています。
● 世界からの直接投資額推移 ● 日本からの直接投資額推移
(国際収支ベース 単位:百万ドル) (国際収支ベース 単位:百万ドル)
Inward foreign direct investment flows, annual, ジェトロ資料より筆者作成
1970-2012 UNCTAD, UNCTADstat より筆者作成
フィリピンは、輸出額についても、08 年にベトナムに抜かれ、以後その差は広がりつつあります。特に注目すべきは11 年以降です。
上述のサムソン進出による携帯電話・スマホの輸出額の急増が、ベトナムの輸出総額を押し上げています(電子関連製品輸出額のうち、11 年の携帯・スマホ輸出額は69 億ドル、12年は127 億ドル)。
● 輸出額の推移 (単位:百万ドル) ● 電子関連製品 輸出額の推移 (単位:百万ドル)
Values and shares of merchandise exports フィリピンは国際収支ベース。The Bangko Sentral ng Pilipinas
and imports, annual, 1948-2012 BALANCE OF PAYMENTS(国際収支統計)から筆者作成。
UNCTAD, UNCTADstat より筆者作成 。 ベトナムはFOB べース、ジェトロ資料から筆者作成。
フィリピンは、97 年以降も、他のアジア諸国の後塵を拝している状況にあります。
また、海外からの直接投資額が少ないことに加え、貯蓄率が低いことも、フィリピンで産業が発展しない原因といわれています。
フィリピンの2012 年の貯蓄率は15.84%2にすぎません。
フィリピンでは、海外からの直接投資 ⇒ 輸出製造業の発展 ⇒ 輸出拡大 ⇒ 所得水準の向上 ⇒貯蓄率の増加(産業への投資の増加) ⇒ 更なる輸出産業の発展 ⇒ 所得水準(購買力)の向上 ⇒ 国内市場の成長、という成長シナリオが未だに見えていません。
しかし、フィリピンは、他国と異なるユニークな成長シナリオを持っています。
BPO 産業とOFW からの送金収入を牽引車とする成長シナリオです。
(2) BPO 産業
まず、フィリピンのBPO 産業を概観しましょう。
BPO 産業とは、Business Process Outsourcing のことで、その内容は、コールセンター、ソフトウエア開発、E ラーニングなどのサービスの提供です。
BPO 産業は、アロヨ大統領(98 年~10 年)政権下、特に、第二期中期開発計画(04 年~10 年)において、強力に推し進められることになります。
以下の表は、BPO 産業の総売上と雇用者数の推移です。
04 年に売上13 億ドル、雇用者数9 万4 千人に過ぎなかったBPO 産業ですが、11 年には、121 億ドル・68 万人に急成長しています。
この表には掲載されていませんが、12 年の売上は134 億ドル(対名目GDP 比5.4%)、雇用者数は78 万人に達しています。
●BPO 産業の売上・雇用者数推移
The Bangko Sentral ng Pilipinas Survey of IT-BPO Services
BPO 産業売上の多くは、輸出によるものです。
相手先国別の輸出額とシェア(2011 年)は以下の表の通りで、多くが米国向けです。
公用語が英語であるという強みが活きているといえそうです。
●BPO 産業 相手先国別輸出額・シェア(2011 年)
The Bangko Sentral ng Pilipinas Survey of IT-BPO Services
また、BPO 産業は製造業と比べると投資額が少なくて済みます。
直接投資の少なさと貯蓄率の低さが、フィリピンで産業が発展しない原因といわれていますが、BPO 産業では、製造業と比べて、直接投資の少なさと貯蓄率の低さが、発展の足枷にはなりづらいといえるでしょう。
アキノ大統領は、BPO 産業の今後の見通しにつき「2016 年までには250 億ドル産業に成長、130 万人の雇用を生むと予測されている。」と述べています3。
(3) OFW からの送金収入
OFW とは、フィリピンから海外へ出稼ぎに行っている労働者(”Oversea Filipino Worker”の略)のことです。
フィリピン総人口の約10%・労働力人口の24%4である約1,000 万人がOFW として海外で働いています。
OFW のフィリピン国内への送金額は年々増加傾向にあり、2012 年は約180 億ドル(国際収支ベース)になります。
なお、OFW からの送金は、フィリピン国外で生産された付加価値を源泉とするため、フィリピンのGDP の構成要素にはなりませんが、フィリピン国内への消費に回ることを通じて、フィリピンのGDP を押し上げています。
(4) BPO 産業・OFW からの送金収入のフィリピン経済における存在感
BPO 産業とOFW からの送金収入は、フィリピン経済において大きな存在感を示しています。
以下のグラフは03 年以降のフィリピンの電子産業、BPO サービスの輸出額とOFW からの送金額の推移です。
電子産業の輸出額は08 年・09 年に落ち込み、10 年にはいったん回復しますが11 年から再度下降することになります。
11 年からの下降の原因は、ユーロ危機等の影響です。他方、BPO サービス輸出額とOFW からの送金額は順調に伸びています。
しかも、リーマンショック前後を通じて上昇傾向を示しています。
既に、これらの金額は、フィリピンの主要産業と言い得る水準に達しています。
● 電子産業、BPO サービスの輸出額とOFW からの送金額
(国際収支ベース 単位:百万ドル)
The Bangko Sentral ng Pilipinas BALANCE OF PAYMENTS(国際収支統計) から筆者作成
BPO サービス輸出額とOFW からの送金額は外貨獲得能力において、電子産業を上回っています。
以下は03 年以降の国際収支の推移です。国際収支は、国を企業に例えると、その国の資金繰りを表します。
フィリピンでは、貿易収支が一貫して赤字、直接投資額が少額であることが特徴的です。
それでも、フィリピンの経常収支は一貫して黒字です。つまり、海外からの直接投資に頼らずに資金繰りが回っているのです。
これは、BPO サービス輸出額とOFW からの送金額が、貿易赤字を補填しているからです。
12 年の貿易赤字額は148 億ドルですが、BPO サービス100 億ドル弱(純輸出額)、OFW からの送金額180 億ドル弱と、この二大産業が、フィリピンの貿易赤字を補填し、資金繰りを支えているのです。
もちろん、電子産業の輸出額も大きな割合を占めているのですが、電子産業は、原材料の多くを海外から輸入していますので、BPO サービスやOFW からの送金額と比べると、外貨獲得能力は高くないと言えます。
他国との比較においても、フィリピンの経常収支は安定的であるといえます。
インドネシアは12 年に約242 億ドルの経常赤字、ベトナムは同年37 億ドルの経常黒字ですが、10 年までは経常赤字が続いていました5。
<国際収支の推移 (単位:百万ドル)>
The Bangko Sentral ng Pilipinas BALANCE OF PAYMENTS(国際収支統計) から筆者作成
次回につづく。
※「アジア通信」過去記事は 国別情報一覧 に掲載しています。
1 ジェトロ資料より
2 世界銀行 Gross domestic savings (% of GDP)より。ちなみに同年のタイは34.1%、インドネシアは37.11%
3 ジェトロ資料より
4 労働力人口4,100 万人 2013 年1 月時点 JBIC 資料より
5 ジェトロ資料より

- 【掲載元情報】
- 山田ビジネスコンサルティング株式会社 専務取締役シンガポール支店長 東 聡司
- [略歴]
山田ビジネスコンサルティング(株)創業以来、日本国内の中堅中小企業の再生支援業務に携わる。
2012年1月~2月にかけて中国進出日系企業の経営状況を調査。
2012年4月のシンガポール支店長就任後はタイ・インドネシア・ベトナム等ASEAN各国に進出している日系企業の経営状況を調査。
経営の観点から日本企業のアジア進出をサポートする。