2022.10.20
- その他のアジア【東南アジア・南アジアにおけるESG/SDGs/人権DD】弁護士法人One Asia/第2回「ビジネスと人権における取り組みの端緒」
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第2回:経産省ガイドライン・国連指導原則
ケーススタディ:ビジネスと人権における取り組みの端緒
1.はじめに
日本政府は、2022年9月13日、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下、「日本政府ガイドライン」)を策定しました。
2011年3月に国連が「ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合「保護、尊重及び救済」枠組実施のために」(以下、「国連指導原則」)を全会一致で支持して以来、英国現代奴隷法、フランス人権デューデリジェンス法、豪州現代奴隷法、ドイツサプライチェーン注意義務法、コーポレート・デューデリジェンスおよびコーポレート・アカウンタビリティに関するEU指令など、ビジネスと人権保護、人権尊重に関する日本政府の動向が注視されていました。
そのような中、経済産業省は、2022年3月9日、「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」を立ち上げ、日本国内のビジネスと人権に関するガイドラインの作成に取り組んできました。そして、同年8月8日、経産省ガイドライン案を公表し、パブリックコメントを経て、この度、正式に「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議 」によりガイドラインが公表されました。
このように、ビジネスにおける企業の人権尊重責任を、ガイドラインや指針などのソフトローや、法令として定めるいわゆるハードローという形でルールとして定める潮流が形成されている中、この日本政府によるガイドライン策定は実務的にも注目を集めています。
本シリーズでは、日本政府ガイドラインについて、国連指導原則との関係にも触れながら、ケーススタディを織り交ぜることにより、順次解説してまいります。
2.日本政府ガイドラインの概要
(1)日本政府ガイドラインの対象と法的位置づけ
本ガイドラインは、法的拘束力を有するものではないとされています。しかしながら、「企業の規模、業種等にかかわらず」日本で事業活動を行うすべての企業は、同ガイドラインに則り、人権尊重の取組みに最大限努めるべきであるとしています。したがって、事業規模、業種にかかわらず、文字通りすべての企業に対して、人権尊重に向けた努力義務を課すものといえます。
(2)本ガイドラインにおける国連指導原則の位置づけ
国連指導原則は、国際人権法上の何らかの法的義務を企業に直接課すものではないとされています。他方で、本ガイドラインは、国連指導原則等の国際スタンダードを踏まえ、企業に求められる人権尊重の取組みについて、日本企業の実態に即してわかりやすく解説し、その取り組みを促進することを目的としており、これらの国際スタンダードが基礎となっています。
そのため、本ガイドラインの理解に当たっても、適宜、国連指導原則等を参照することが適当とされています。
(3)日本政府ガイドラインの構成
本ガイドラインの全体像は以下のとおりとなっており、①人権方針、②人権DD、③救済の3つのセクションで構成されています。
この構成は、国連指導原則を強く意識したものであり、各パートの対応関係からも国連指導原則を基に作成されたものといえるでしょう。
3.人権方針の策定
(1) 人権方針の意義
人権方針とは、企業が、その人権尊重責任を果たすという企業によるコミットメント(約束)を企業の内外のステークホルダーに向けて明確に示すものであるとされています。人権方針を定めることの重要性については、国連指導原則の解説においても、以下のように説明されています。
(a)これが事業活動を行うための正統性のある最低基準であると経営陣が理解していることを、企業の内
外に向けてはっきりと示し、
(b)すべての職員及び企業が共に働くビジネスパートナーその他の者がどのように行動すべきかに関して、経営陣の期待を明確に伝え、
(c)コミットメントを実行に移すための内部手続及びシステムの整備のきっかけであり、
(d)人権の尊重を企業の価値に組み込むための不可欠な第一歩である。
すなわち、人権方針は、企業によるコミットメントを内外に発信するものではありますが、その規定を丁寧に作りこむことにより、内部及び外部に対しても期待する行動を伝え、人権尊重を企業価値として組み込むことができる、そのための不可欠な第一歩として重要な意義を有しています。
(2) 人権方針策定のポイント
日本政府ガイドラインは、人権方針を策定するためのポイントとして、以下の5つの要件を示しています。① 企業のトップを含む経営陣で承認されていること ② 企業内外の専門的な情報・知見を参照したうえで作成されていること ③ 従業員、取引先、及び企業の事業、製品又はサービスに直接関わる他の関係者に対する人権尊重への企業の期待が明記されていること ④ 一般に公開されており、全ての従業員、取引先及び他の関係者にむけて社内外にわたり ⑤ 企業全体に人権方針を定着させるために必要な事業方針及び手続に、人権方針が反映されていること
(3)人権方針策定の手順
各企業に応じて、事業の種類や規模だけでなく、負の影響が生じうる人権の種類やその深刻度等もさまざまです。そのため、人権方針の策定に当たっては、まず、自社が影響を与える可能性のある人権の把握が必要となります。この検討の際において、社内の各部門からのヒアリング、ステークホルダーからのヒアリングを行い、より実態を反映させることが期待されています。
4.ケーススタディ
(1)事例
日本にある企業J社は「ビジネスと人権」、「人権デューデリジェンス」、「SDGs」、「ESG」などの用語については聞いたことがあるものの、関連する対応を一切行っていない。
社内で取り組みを始めるべく調査を行ったところ、下記のような指針・ガイドラインをはじめとする様々な文書が国連やその他の機関によって公表されており、その具体的内容として各種の「目標」の設定がありうることが判明した。
・2011年には、国連人権理事会が「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」を採択し、2015 年9月には、国連サミットで「持続可能な開発のためのアジェンダ 2030」において「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals: SDGs)を掲げている。
・2018年にはOECD閣僚理事会で「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」が承認されている。
・それを受けて、日本では2020年10月に「日本政府「ビジネスと人権」に関する行動計画2020-2025」を公表し、2022年9月は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定している。
J社は人権尊重・持続可能な社会への取り組みとして最初に何を行うべきか?
(2)検討
本ケースは、日本において人権リスク・SDGsなどの言葉をテレビや新聞、SNSなどでは聞いたことがあるものの、会社として特別な対応を行っていないといった事例です。
現時点では、日本で法令上義務化されていない分野であるため、「あえて対応する必要はないのではないか」と思いながらも、昨今の本格化する人権配慮の動きなどから「今のうちに対応できるのであれば進めたいが、将来に向けて何から始めればよいのかがわからない」と考える企業や、準備を開始したものの「何をどこまで行えばいいのかわからない」と感じる企業が多く存在すると思われます。
人権尊重・持続可能な社会への取り組みについて調査を進めれば進めるほど、「将来的にはこうあるべき」との点が強調される傾向にあることに気付きます。しかし、理想論は別として、第一歩を踏み出すためには、まず「何をどこから始めるべきか」という観点から考えることが重要となります。その第一歩となるのが、「人権方針の策定」です。
国連指導原則によると「人権尊重責任の方針を策定し、コミットメントを表明する」と規定されており、また、責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンスでは、まずは「責任ある企業行動を企業方針および経営システムに組み込む」ことが推奨されています。これらの方針の策定の基本姿勢は、日本政府の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」や日本経済団体連合会の「人権を尊重する経営のためのハンドブック」など日本で公表されたさまざまなガイドライン等に影響を及ぼしています。
2021年11月に経済産業省と外務省が日本企業のビジネスと人権への取り組み状況を調査した「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査」[1]の結果を公表しています。その結果によれば、2021年8月末時点での東証一部・二部上場企業等が回答した企業数(760社)のうち69%(523社)の企業が「人権尊重に関して、人権方針を策定、または企業方針、経営理念、経営戦略などに明文化している」と回答しています。この結果は東証の上場企業を対象としているものの、1年前には過半数の企業がなんらかの方針の策定をすでに行っていることが読み取れます。
JETROが2021年度に実施した「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査[2]では、人権尊重の「方針を策定している」と回答した割合は全体の38.1%となり、残りの約6割が方針未策定ですが、その内訳をみると、「方針を策定する予定はない」とする企業は全体の約2割にとどまり、「方針を策定予定・検討中」が約4割となっています。
5.まとめ
ESG/SDGs/人権DDの法分野においては、ほとんどの場合、法的拘束力を有する規範(ハードロー)としてではなく、法的拘束力のないソフトローという形でルールが設定されています。
もっとも、欧州諸国を中心にハードローの整備が進展しており、人権リスクがすでに実化した事例もあることから、海外子会社をもつ日系各社におかれましても現時点から専門家による各種規程の作成・人権デューデリジェンスの実施に向けた準備に着手いただくことが強く推奨されます。
以 上(ご参考)
本ニュースレター(2022年10月13日号)
202210-NL-SDGs_02_final.pdf (oneasia.legal)
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