2013.12.17
中国【中国】中国通信/第3回 『現地法人設立、親会社社長奮闘す』 - 【中国】中国通信/第3回
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1.「中国進出やむなし」の決断日系企業が中国に進出する動機のひとつに、製品納入先の生産移管につれられてというものがあります。中国に市場を求めた大手企業が現地生産を始めるにあたり、基幹部品を購入している下請企業に注文と引き換えに中国進出を要求するというのが、ありがちなパターンです。
今回は、そのケースで、いくつかの困難を乗り越えながら、ようやく進出を果たし、経営を軌道にのせた会社の事例をご紹介いたします。
A 社社長は製品納入先の大手メーカーB 社の中国進出に伴い、同じ地域での現地法人設立を要望されました。部品は現地調達をするというのがB 社の方針でしたので、ここで断れば大口の取引を逃すことになりかねません。ただ、幸いなことに、地方政府の誘致担当部門からも積極的なアプローチがあり、昔から懇意の同業他社が既に同地に進出しており支援を約束してくれましたので、工場進出にはあまり大きな障害はないように見えました。設立の手続きが滞りなく済めば、操業開始は1 年もあればできるという見込みもたてることができたのです。
2. 順調に思えた進出に潜む落とし穴
ところが、建設予定地に行った時に、思わぬ出来事が待ち受けていました。その予定地は日本中小企業園区という日系企業向けの工業団地で、地元政府関連の企業誘致組織C 社や日本の政府系の団体も盛んに宣伝活動をしている場所でした。自社工場立地にうってつけの場所であるように思えたのですが、実際に行ってみると、団地を貫く幹線道路予定地の地主が買い取りに応ぜず、そもそも団地が造成できる状況になかったのです。
A 社としては、「話が違う!何とかしてくれ!」と旗振り役の諸組織に文句を言いたいところでしたが、進出支援のための契約をしたわけでもないのでどうにもなりません。一方で、進出には自社の命運がかかっていることでもあり、後には引けません。
途方にくれかかった時、たまたま、懇意の同業者が、自社工場の一部を賃貸してもよいという申し出をしてくれたのです。「地獄に仏」とばかりに、A 社は当該工場へと工場の候補地を変えました。これなら、スケジュールに間に合うはずでした。しかし、中国では、工場の一部を他社に賃貸するには、当該会社の経営範囲の中に賃貸業が含まれてなければなりません。同業者は法律についての認識が実は十分ではなく、「借りたくとも、借りられない状況にある」ことを知らされたのです。
A 社は、やむを得ず、C 社に代替案を要求しました。何としても誘致をしたいC 社は、今度は、まだ青写真も完成していない空き地を紹介してきました。地方政府のプランでは、大至急、整地をし、インフラを完成させれば予定通りの操業ができるとのふれこみでした。半信半疑で視察に行った現場は道路が一本通ってはいましたが・・・。
3. 頼りになるのは自分だけ
何もない荒地を前にして、A 社社長は周囲にある既存の工業団地を自ら探すことを決心しました。C 社の支援、日本の進出支援団体や発注元の取引先企業の支援をあてにしていたのでは埒があかないと悟ったからです。
地元政府の別の部署から、いくつかの工業団地を紹介してもらったA 社は自分で工業団地を回り、工場の視察を行いました。何回も交渉を重ね、どうにか条件にあった賃貸工場を見つけることができましたが、それは、地元の大手企業が自有地を開発した賃貸用の工場団地で、その団地内の数十社のうち、日系企業は2,3社という正に現地に密着した場所でした。
中国語の賃貸契約書を解読し、リスクを判断した上で、後一歩で契約調印へとこぎつけた矢先のことでした。退去予定の店子が、事情により、賃貸契約の延長を申し出てきたために、契約が不成立となってしまったのです。
4. 会社設立までには難題が山積み
本格的な生産開始までにまだ間があるといえ、会社を設立しないことにはB 社からの受注を失ってしまいます。A 社はとりあえず、会社を設立し、日本本社からの部品を輸入してB 社に供給することで、当面をしのぐ対策をとることにしました。
しかし、会社はもともと製造業です。本社の部品とはいえ、他社の製品を輸入して、中国内の企業に販売するには輸入と卸売りの許可を得なければなりません。そして、製品輸入にあたっては、正しい関税率で税金を払わないと、後で追徴をされ経営に影響が出てしまいます。A 社は立地対策だけでなく、設立許認可と税関との交渉という新たな課題の同時解決に迫られました。
この場面でも、A 社は奮起して困難を克服したのです。自らも、税関の関係部門に行き、製品の細かい仕様を文書化して説明を繰り返しました。通常なら、通関業者に依頼してすませてしまう関税率の査定を自力で乗り越えたのです。
輸出入と卸売りの認可を取得し、関税率も確定させた上で、ようやくA 社は工場なしのオフィスだけという変則形態で製造及び輸入卸業の現地法人を設立することができました。
ただ、そのオフィスは机と椅子と電話しかなく、実際に営業活動ができる設備が整っておらず、ここで、またA 社はデッドロックに乗り上げてしまうのです。実は、中国では、実質的に営業できる状態でないと、企業は認可を受けて、「発票」という請求書兼領収書の機能も持つ帳票を税務局から購入し、使用することができないのです。そして、税務上はこの「発票」がないと売上を計上できないし、購入者は仕入れを計上できないのです。
5. 粘り強さが勝機を招く
B 社に売ることもできない、抜き差しならない状態に追い込まれたA 社でしたが、偶然にも、B 社も景況に左右された関係で発注スケジュールが先に延びました。さらには、先の工場団地の別の場所の店子が退出するので、空きがでたとの連絡も入りました。
賃貸交渉にあたって、粘り強く議論を重ねた相手方の担当者がA 社のことを最優先に配慮してくれた結果でした。日本語の全くわからない相手側の担当者でしたが、A 社が苦労して書いた中国語のメールのやりとりが効を奏したようです。
その後、A 社はさしたるトラブルもなく、会社の住所変更をして、操業にこぎつけたのです。税務や社会保障を除けば、警察、消防も含め当局との交渉もほとんどを工場団地が代行してくれました。もっとも、採用した従業員の解雇問題では、間に入った弁護士がかえって邪魔になったということもありましたが、A 社としては、これは中国進出にはつきものの問題として納得しています。
最近では発注者もB 社だけではなく、日本以外の外国企業にも広がりをみせています。
ただ、気がかりなのは、このごろ、A 社の入居している工場団地の人気があがり、今までどおりの条件で入居し続けられるかということのようです。現地にいる時は、工場団地に面した道路端の大衆食堂で従業員と昼食をとっている、すっかり中国現地に馴染んだA 社社長ですが、「いつまでたっても、中国進出には気苦労が絶えない」そうです。
今回のケースのように、多くの企業は中国進出にあたり、準備万端で現地法人の開設を進めるわけではありません。ほとんどの会社が、「突然で」「想定外」の事態に遭遇します。このような時に、自らの力で態勢をたてなおし、外部情報をうのみにせず、よく考えて進出作業を敢行する企業のみが成功への扉に近づくことができるのです。
最後に中国でよくいわれる、キャッチ・フレーズ「5つの“あ”」をご紹介します。
中国ではどんな時でも、「あせらず、あきれず、あきらめず、あてにもせずに、あなどらず」が肝要です。
以上
- 【掲載元情報】
- 山田ビジネスコンサルティング株式会社 中国事業部 部長 宮田 顕
- [略歴]
□2008年3月~ <山田ビジネスコンサルティング㈱>
□2005年4月~2008年 <大手電子メーカー 中国現地法人 総務部長>
総務部長として、約4,000人の工場の総務・人事・当局交渉・US-SOX法対応等に従事。
合計17年に及びアジア・中国の海外拠点、現地法人に勤務。
□1977年~2005年 <大手都市銀行にて国際業務に従事>
シンガポールにて貸出、資金・為替・デリバティブ等取引、主計企画業務に従事。
上海駐在員事務所長、北京日中合弁リース(銀行と中国対外経済貿易合作部との合弁企業)副社長として中国駐在。
中国進出日系企業支援、同行上海支店開設や中国系企業とのリース取引に従事。





